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YAMASEMI WEB Last Updated 2015-11-26

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Gallery is...... Photos & Photo Books

Photos & Photo Books

Photos....

 写真撮影を始めたのは小学校の工作の時間に造ったピンホールカメラや「少年画報」や「少年」という分厚い少年雑誌の豪華付録にあった「びっくり魔法写真」などは別として、八代二中時代、父親のドイツ製蛇腹カメラで八代駅構内の蒸気機関車やブルートレイン「特急はやぶさ」を撮影したのが最初だった。よくよく考えてみれば最初から動く被写体を撮っていたことになる。
東京の中学に転校してクラスメートの山の手の坊ちゃん達が、八代では見た事が無いような、オリンパス・ペンFなど最新式のカメラを自慢げに見せあう姿を見て子供心に「写真機が自慢なのか?撮った写真を自慢するんじゃないのか?」と不思議に思ったのを今でも覚えている。今思えば、当時自分が使っていた蛇腹のカメラ=テッサーレンズ付のカール・ツァイス・スーパーイコンタはペンFなどよりはるかに専門機種であったのだが、当時は知る由も無かった。
02.jpg その後紆余曲折を経て、ヤマセミの撮影に没頭するまで、自分の仕事の重要なツールとして何処に行くにしても自分の脇には常にカメラが有ったような気がする。
 アイスホッケー、ウインドサーフィン、スノーボードと動く被写体中心に仕事柄撮影を続け、その後友人の要請で本業の広告業界プランナーの傍ら二足のわらじを履いて雑誌の取材に同行、取材カメラマンとして出版界の裏方を経験。自分の撮った1枚が雑誌ポパイの特集の扉ページに全面で掲載された時はもう職業を替えようかと本気で思ったりもした。
 フィルム時代には誰について勉強した訳でもないが、撮影時になんとなく印刷物になる時にデザイナーがレイアウトしやすいように、画面のどっち側を空けるかなど題字や文章が入れやすいように撮影してしまう癖はこの辺りで出来てしまったのかもしれない。
 時は流れデジカメの時代になり、撮った後にパソコンであれこれいじって、色は替えるは邪魔な障害物は無かったことにするは、下手をすれば1羽のはずのヤマセミを2羽にしてしまうなど朝飯前という時代になってしまった。しかし生態観察の証拠としての画像を撮っているのにそのような事後処理は違反だろ?・・・と思いつつ「写真」のもつ意味が大きく変わりつつある今、撮り方は下手でも、多少ピンボケでも自分的にはありのままの自然の「その瞬間」を切り取れれば正解とする主義を貫いている。このサイトで紹介するヤマセミや他の野鳥は有りのままの姿だという事をここで述べておきたい。

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Photobooks....

 写真集をアナログの印刷物で発行しようと思ったのは、2011年の東日本大震災の後だった。理由は昔の仲間を2名震災で亡くした事だ。二人とも写真撮影を趣味にしていてそれぞれ「祭り」と「山岳」に専念し、あちこちのフォトコンテストに入選しては自慢のメールを送ってきたのだが、あの大震災後パッタリと来なくなった。で、考えた。せっかく撮り溜めた良い画像・傑作はどうなってしまうのだろう?人が亡くなっても故人が使っていたパソコンの中身は普通開けない、下手をすればパスワードが判らず只の金属の箱と化す。撮影者の死と同時に余程著名な写真家の作品でない限り傑作も死んでしまう仕組みになっている。
明日は我が身!自分の撮った自慢の画像が誰にも知られず廃棄処分?そりゃーあんまりだ・・・という事で印刷物の写真集にして残しておこうと思ったのが一番の理由。最初のヤマセミの写真集500冊を発行したのが2011年の初夏だったから思い立って写真集が出来るまで3~4か月しか掛かっていない。自分の集中力に今更のように驚くばかり。
気が付いたら、ヤマセミ以外に奥日光戦場ヶ原、北海道各地、蓼科・八ヶ岳界隈、地元三鷹・野川流域、色々な所の野鳥の画像がすでに7万カット以上画像データとして蓄積されている。此処で決めた、生きている間に10冊は野鳥の写真集を残そう!だから今現在、既に3冊の野鳥写真集を自費出版している。残りの7冊はインターネットのホームページを開設して並行して画像を公開していこう。そうすればきっと誰かの役に立つだろう。これは最初の「ヤマセミ写真集」、「江津湖の野鳥」を手にされた方十数名からの便りで、是非ホームページ上でブログなどを開設して撮った野鳥を公開して欲しいとの要請に答えようと思った事による。自費出版の強みは嫌な奴にはあげない、文句を言われる筋合いが無い、売れたか売れないか気にしないで良い。良い事尽くめだから今後もそうするつもり。

人吉中心に熊本在住の方々と、それに加え、本書の有効的な活用に関して県内メディアその他、関係各所へ働きかけてくださった日本野鳥の会・熊本県支部、他多くの方々に今回の企画に賛同および画像提供、情報提供を頂いた。.